新しい紙幣の顔がついに公開されましたね。
渋沢栄一、津田梅子、そして北里柴三郎。
・・・なんだかこれまでの紙幣の顔の方々に比べて、みなさんお顔がちょっとむくんでらっしゃるような気がしますがまあそれはいいとして。
あなたは北里柴三郎、と聞いてあなたはどんなイメージがありますか?
何をした人か、知ってますか?
「なんか教科書に載ってた気がする」
「名前は聞いたことがあるけど、どんな人か知らない」
「正直、今回のニュースで初めて知った」
そう思ってませんか?
そうですよね、北里柴三郎さんは近現代史の中ではあまり目立つ人ではなかったですよね。
ですが!この北里柴三郎さん、実はとてもすごい業績があるんです。それは私たちの今の生活にもとても関係があることなんです。
そこで今回は、北里柴三郎さんについてご紹介しますね。
北里柴三郎、そのプロフィールは?
彼の業績を語る前に、まずは彼自身のことを少し知っておきましょう。
1853年1月29日生まれ、生きていれば166歳。
しかし残念ながら1931年6月13日に78歳で脳溢血(脳出血のこと)で亡くなっています。この時代の人としてはなかなかの長生きですね。
出身は今の熊本県阿蘇郡、当時は肥後国阿蘇郡と呼ばれていました。
とても優秀な人で、東京大学の医学部出身です。在学中に第6代日銀総裁の娘と学生結婚しています。
大学卒業後は内務省に勤め、その後仕事でドイツへ留学します。
そしてそれ以降数々の業績を上げていったのです。
「日本細菌学の父」って、一体何した人?
北里柴三郎、といえば「日本細菌学の父」として有名です。この人の研究がいなければ日本の細菌学・感染症医学は発展が遅れたかもしれません。
さらに、実はこの人、「○○の初代会長」とか「○○創始者」って肩書がすごく多いんです。細菌学に限らず、いろんなものの「父」であることがうかがえます。
ペスト菌を発見!
やっぱり彼の業績として一番にあげられるのは、このペスト菌の発見ですね。
ペスト菌とは、人類史上最も人を死に追いやった最近といわれるとんでもない菌で、ペスト菌のせいで14世紀(1301年~1400年)にヨーロッパの総人口の3分の1が亡くなったといわれています。当時はなぜ人々が次々に高熱にうなされながら亡くなっていくのか分からずに大変恐れられていましたが、その正体が細菌であったことを北里柴三郎は見破ったのです。
破傷風の抗体を発見!
そして忘れちゃいけないのがこの破傷風の抗体の発見です。
破傷風菌とは、実は私たちにとってすごく身近な菌なんです。
この破傷風を引き起こす破傷風菌は、どこでも、土の中に潜んでいます。例えば手足に傷がある状態で土や泥を触ったときに破傷風菌が体内に入ってしまって発症したら、高熱、痙攣(けいれん)が起こって、ひどい時には死んでしまいます。
その威力は発症すると50パーセントの確率で亡くなるといわれるほど。ガーデニングが趣味の方や、泥遊びや砂遊びなどが大好きな小さな子供にとっては気を付けないといけない細菌です。
怖いですよね。
でも、あなたの身近で「破傷風で亡くなりました」という人、いますか?
まず聞かないと思います。
どうしてだと思いますか?この破傷風は、基本的には私たちが子供のころにワクチンを打っているので、もう私たちはこの菌に対する抗体を持って生活しているのです。
その抗体を発見したのが北里柴三郎さん。それをもとにワクチンを開発したのはまた別の人ですが、北里柴三郎さんが破傷風の抗体を見つけてくれたから、今の私たちは破傷風に怯えずに生活できているのです。
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旧紙幣のあの人とこんなつながりが!
意外なことに、この北里柴三郎さん、旧紙幣の福沢諭吉さんや野口英世さんともご縁のある方なんです。そのキーワードは「伝染病研究所」です。
この伝染病研究所とは、日本初の伝染病研究所で、初代所長を北里柴三郎さんが勤めています。
なのですが、この研究所が建っていた土地、誰のだと思います?
なんと、福沢諭吉さんの所有の土地なんです。北里柴三郎さんを見込んだ福沢諭吉さんが、彼のために建てたのがこの伝染病研究所なんですよ。驚きですね。
そして、野口英世さん、この人、伝染病研究所にいた時期があります。もちろん、北里柴三郎さんに師事していますので、この二人、極端に言えば師弟関係にあるといえるんです。
その後野口英世さんは渡米して北里柴三郎さんとは別の業績を上げていくのですが、この二人が一緒に研究していた時期があるというのは感慨深いものがありますね。
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まとめ
いかがでしたか?今まであまり印象のなかった北里柴三郎さん、実はすごくすごい人っていうのが分かっていただけたでしょうか?
彼をもっと知りたい!というあなたには、以下の場所を訪れてみてはいかがでしょうか?
●北里柴三郎記念室 東京都港区白銀5丁目9-1
●北里研究所本館・医学館 愛知県犬山市字内山1番地(明治村内3丁目25番地)