からだ・心

67歳の母が突然の記憶喪失?!「一過性全健忘」その時、家族にできることは?

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ある日、愛犬のトイプードルをトリミングに送り届け、ちょうど自宅に戻った時、携帯電話が鳴りました。

着信は、実家の父から。自宅から車で40分ほどのところに、74歳の父と67歳の母が二人で暮らしている実家があります。

母とは、他愛もないことでちょくちょく電話をしますが、父からの電話は滅多にないので、「珍しいなぁ。」と少し嫌な予感もしつつ、電話に出てみると…

「もしもし?!お母さんの頭がヘンになっちゃったから、ちょっとこっちに来て欲しいんだけど!」

と言うのです。最初は何を言っているのか良く分からなかったのですが、何か大変なことが起きたんだ!ということは、父の緊迫した声から伝わってきました。

いつもチャキチャキ元気な母に、一体何が起きたのか?すぐに動悸が激しくなり、全身が震え出しました。

この記事では、母を突然襲った「一過性全健忘」という病気について、そしてその時、家族はどんな思いで、どう対応したのか?をまとめてみました。

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突然の母の異変

母はその日仕事だったので、朝いつも通り父が車で送って行きました。

車に乗るとすぐに、母は翌日会う約束をしている友達に、電話で話し始めました。その内容に特に気になる点は無く、この時点までは全く正常だった母。

ところが、電話を切った後…突然「ねぇ、なんで私、車に乗ってるの?どこに向かってるの?」と聞いてきたのです。

父はビックリして「仕事に行くんだよ?いつも行ってるところ。どうしたの?大丈夫?!」と確認しました。

しばらく話していると、落ち着いてきた様子で、母は「大丈夫。」と言ってそのまま仕事に向かいました。

家に戻っても心配だった父は、昼休みに母の携帯に電話をしました。

すると…何を聞いても「大丈夫、大丈夫!」と言うのですが、自分が今どこにいて、どんな仕事をしているのか、午前中どのように過ごしたのか、何も答えられないのです。

これは大変だ!と父はすぐに母を迎えに行きました。会社に着いて、母を待っている間に父は私の携帯に電話をしてきました。

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一見いつも通り?

その後、待っても待っても母が会社から出てこないので、父は社内に入り、上司の方に事情を説明して早退させてもらいました。

この間も、母は「どうしたの?なんで迎えに来たの?」と全く状況を理解していない発言を連発していたそうです。

さらに、自分の荷物がどこにあるのか、いつも押しているタイムカードの場所がどこなのか、何も分からない状態でした。

私もこの時、母と電話で少し話しました。

声はいつもと変わらずチャキチャキしていて、言葉もしっかりしているので、あれ…いつも通りなのかな?と思いましたが、「大丈夫なの?」と聞いてみると、「大丈夫!大丈夫!何かいつもと違うところに来たから、ちょっと分からなくなっただけ。」と言うのです。

いつもと違うところ??

確かに母は、決まった会社で働いていた訳ではなく、日によっていろいろな工場に派遣されるような仕事をしていましたが、そこにはもう1年近く何度も派遣されていました。

「こんな感じだから…今から近所の神経内科に連れて行くね。」と父が言いました。

不安のなかで…

正直、私もすぐにでも飛んでいきたい気持ちでしたが…娘もまだ学校から帰って来ていないし、夕方に犬をトリミングに迎えに行かなければならず、身動きが取れない状態でした。

ただ、幸い母は命にかかわるような状態では無かったので、診察結果を待ってからでも大丈夫かな、という気持ちも少しありました。

娘が帰って来るまでの間、一人ぼっちで過ごしていると、

「母は突然、認知症が始まってしまったのだろうか…」

「この先、もう今までのように話すことはできないんだろうか…」

「もしそうなったら介護は…」

と悪い状況ばかりが頭に浮かび、不安に押しつぶされそうになりました。

でも、認知症にしては、発症があまりにも急過ぎるのでは?という疑問が湧いてきて、インターネットで「記憶喪失 突然」と検索してみました。

恐る恐る検索結果を見てみると…目に飛び込んできたのは「一過性全健忘」ということば。

初めて聞くことばでした。でも、「一過性」ということばに、少し希望が持てるのでは?と直感的に思いました。

「一過性全健忘」とは?

  • ある時点から、新しいことが全く記憶できなくなる病気
  • 原因は不明だが、脳の海馬という記憶を司る部分の血流障害と考えられている
  • 認知症と間違えられることがあるが、一過性であることが特徴
  • 発作中は、同じ質問や言葉を何度も繰り返す
  • 多くの場合、翌朝には正常に戻る
  • 自然に治り、再発は1割程度

これを読んだ瞬間、胸を押しつぶしていた不安の塊が、少しだけ軽くなりました。正直、「これであって欲しい!」とも思いました。

私はすぐに父に電話をかけ、「一過性全健忘という病気かもしれない。明日には元通りになる可能性を信じて、とりあえず今日は心配し過ぎず、落ち着いて過ごそう!」と伝えました。

こういう不安なことがある時に、調べることは有効な場合もありますし、逆に悪い情報ばかり目にしてしまって、余計心配になってしまう場合もあります。

でも、今回はこの情報に本当に助けられました。

初めて目にしたこの病気を、全く知らずに一夜を過ごしていたら…恐らく私は、全く眠ることすらできなかったと思います。

だから私も、「一過性全健忘」という病気があるということを、今、不安でいっぱいのあなたに伝えたいのです。

診察の結果

娘が帰宅し、状況を伝えると、すぐに「おばあちゃんのところに行きたい!」と言いました。初孫で、生まれた時から本当に可愛がってくれている大好きなおばあちゃんです。

娘の習い事と、犬のトリミングが終わる時間まで、父からの電話を待ち続けました。でも、5時になっても、6時を過ぎても電話はありません。

病院って、そんなに遅くまでやっているんだろうか?何か大変な事態が起きているんだろうか?

再び不安が膨らんできて、もう限界だったので、父の携帯電話にかけてみました。

すると…「あ、もしもし?」とあっさり電話に出る父。

「あれ、病院もう終わったの?」

「あ~、もう病院からはとっくに帰って来たよ?CTも撮ったけど、異常は無いし、やっぱり一過性全健忘の可能性が高いから、明日また来てくださいってさ。」

「・・・じゃあ、なんですぐ電話してくれないの?!ずっと、ず~っと心配して待ってたのに!」

と、思わず父にキレてしまった私。

でも、その時父は、電話どころではない大変な状況にクタクタになっていたのです…

質問攻め

夜7時半過ぎ、ようやく実家に到着しました。

何だかぐったりと疲れ果てた表情の母と、その横で大きな画用紙にせっせと何かを書いている父。

何を書いているのか聞いてみると、母が今朝からの自分の行動をエンドレスで質問して来るので、答えるのに疲れ果て、一覧表にまとめているとのことでした。

「私、今日仕事行ったの?」
「どうやって行ったんだろう…車で送ってくれたの?」
「お弁当は食べたのかしら?」
「病院なんて行ってないでしょ?」

私たちが来てからも、ひたすら質問を繰り返す母。

その度に父は、画用紙を見せて、「はい、ここ。何時何分に家を出て、仕事に行ったんだよ?」と説明したり、「お弁当は半分ぐらい食べたよ。」と、まだ中身が入ったままのお弁当箱を見せたり、「病院に行ってCTも撮ったよ。」と領収証を見せたりしていました。

父は、とにかくこの質問攻めに対応することにいっぱいいっぱいで、私に電話をすることなどすっかり抜け落ちてしまったそうです。

父が思いつきでやったこの一覧表の作成や、お弁当箱や領収書などを見せる作戦。

言葉だけで説明するよりも、視覚に訴えることで、お互いの混乱した頭の中を整理するのに非常に良い方法だったのではないかと思います。

「一過性全健忘」の特徴として、多くの方がこのようにひたすら周囲の人に質問を繰り返すそうです。

もちろん、できる限り答えてはあげたいのですが…正直、翌日には質問しまくったことも、どんな風に答えてもらったかも全く覚えていないので、あまり家族が疲れ果てないように、回答はほどほどで良いのかな~という気もします。

家族にできることは?

自宅を出る前のこと。

「これから向かうね。」と連絡をすると、「そうしてももらえるとすごく心強い…」と、いつになく弱々しい父の声。

私はもちろん母も心配でしたが、長年連れ添った妻の突然の異変に、一人で対応する父が、どれほど不安で心細いかと思うと、父の為にもかけつけたい!と思いました。

ところが、突然母が横から「え?今から来るの?もう暗いし、大丈夫だからわざわざ来なくていいよ!」と、しっかりとしたいつもの口調で言うのです。

母はもともと、自分のことはいいから…と人の世話ばかり焼くような人です。

「どうしようかな…」と一瞬迷いましたが、その時娘が「嫌だ!絶対におばあちゃんに会いに行く!」とキッパリと言いました。

私も、このまま離れていても心配するばかりだから、やっぱり会いに行こうと決めました。

後で聞いた話ですが、母はその時、「どうしてわざわざ電話なんてしたの?心配させるだけなのに。」と父に怒ったそうです。

それでも私は、今回のことで強く思いました。こんな時だからこそ、一緒に過ごしたい。家族なんだから、一緒に心配したい。

集まったからと言って、何かを解決できるかは分からないけど、一緒に過ごして、話をするだけで、救われることはたくさんあると思います。

私自身も、一人では不安に押しつぶされそうでしたが、小学生の娘が帰宅し、話をすることで、心が落ち着いたのを覚えています。

実家に着いた時、孫娘を見て、愛犬を抱っこして、笑顔になった父を見て、あ~やっぱり来て良かった!と心から思いました。

もちろん、遠方ですぐにはかけつけられない場合もありますよね。

そんな時は電話でもいいので、とにかくたくさん話を聞いてあげることが、家族を支える大きな力になると、私は思います。

翌朝…記憶は戻ったのか?!

実家に着いた夜は、楽しい話をたくさんして、なるべく深刻にならないように、笑って過ごしました。

母は相変わらず、一日のことを思い出そうと必死に質問し続けていましたが…「もう、今日のことは思い出さなくても大丈夫だよ。明日にはきっと治っているはずだから、今日はもう早く寝よう。」と声をかけました。

そして…運命の翌朝。

記憶が戻っているのかはっきり確かめることが、とても怖くて…特にそのことには触れず、いつも通り過ごしました。

朝食を食べ終えると、母がふと、ティッシュケースを見せてくれました。

「これね、この間お祭りで買ったの。5個で1000円だったの、安いでしょ?5個も使わないから、昨日1個○○ちゃん(娘)にあげたんだ。」と言いました。

それを聞いていた娘がすかさず…「おばあちゃん、そのこと覚えてるなら大丈夫じゃん!記憶戻ってるよ!」と嬉しそうに言いました。

確かにその通りです。昨日は、数分前に自分が何をして何を言ったかも全く思い出せなかったんですから…

その後

再び病院で診察を受けましたが、やはり「一過性全健忘」だろう、とのことでした。

ただ、念の為MRIも撮っておいた方が良いだろうと、近所の総合病院の予約も入れてくれました。

後日MRIも撮りましたが、母の脳に特に異常は見られませんでした。そして母は、全くいつも通りの、チャキチャキお世話好きの母に戻りました。

ただ、あの日の朝から夕方までの抜け落ちてしまった記憶は、今も戻ることはありません。

まとめ

もし、大切な家族が突然記憶喪失になったら…誰もがどうしていいか分からずパニックになってしまうと思います。

私はそんな時、「一過性全健忘」という、翌日にはすっかり治る病気があるんだと知るだけで、少し落ち着いて行動することができました。

この記事が、同じ体験をして途方に暮れるあなたの不安を、少しでも和らげることができれば幸いです。

 

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